「チャンピオンを生み出す秘密のレシピなど存在しない。」 — Nick Bollettieri (ニック・ボロテリー)
私が仕事の関係でNickとやり取りをしていた時の彼のメッセージが先述した言葉でした。
「優れたコーチさえいれば」という考え方は、テニスの世界に根強く存在しています。しかし50年以上テニスを指導し続けたNickがたどり着いた答えは、「コーチ一人の力には限界がある」という謙虚な事実でした。
コーチだけではチャンピオンは生まれない
Nickはコーチを陶芸家にたとえていました。どれほど腕のいい陶芸家でも素材となる粘土の質が最終的な作品の質を決める—才能という素材は指導によって引き出せるものであり、コーチが生み出せるものではない、と。
では何が選手の才能を開花させるのでしょうか。
Nickが当時モニカ・セレシュ、ジム・クーリエ、アンドレ・アガシの3名のチャンピオンを振り返りながら語っていたことにそのヒントが隠れています。
選手・コーチ・保護者—この三者が同じ方向を向いているとき、チームとして機能する。
三人が同じ山を登るとき
セレシュが12歳でアカデミーに来たとき驚くほど細い少女でした。しかし足は一瞬も止まらず、常にベースライン内側でボールを打ち主導権を握っていました。その集中力と練習への姿勢を支えていたのは、自らの人生を娘の成功に捧げた家族の存在だったとNickは語っていました。
クーリエについては「give 100 percent at all times and find another 10 percent to offset any weakness.」と語った言葉が印象に残っています。彼が特別だったのは才能だけではなく、負けた翌日には練習量を倍にするという姿勢でした。そしてその姿勢を支えたのがコーチや周囲に一切干渉しなかった両親の存在でした。選手・コーチ・保護者の三角形が常に調和していた、とNickは語っていました。
アガシはまた別の話です。類まれな才能を持ちながら本人がそれを受け入れるまでに時間がかかりました。しかし20代半ばを過ぎてから、自分を本当に信じてくれる人たちとチームを組んだとき彼は別人のように輝き始めました。才能が開いた扉は、チームがあってはじめて通り抜けられるものだったのかもしれません。
三角形が崩れるとき—JTLが考えること
ここからは、Nickの言葉をもとにJTLが現場で感じてきたことをお話しします。
コーチと保護者の方針が対立する。親が子どもに過度なプレッシャーをかける。選手自身がチームを信頼できなくなる—これらはテニスの現場でけっして珍しくない光景です。
多くの選手でこの「三角形の歪み」のダメージを大きく受けることを見聞きしてきました。ジュニア選手は伸びしろが大きいだけにその機会を失ったときの落差も大きくなります。
では、三角形を選手のために機能させるには何が必要でしょうか。
JTLが考えるのは、目標と情報を「言葉にして共有する」ことです。
選手が何を目指しているのか。コーチが何を意図して練習を設計しているのか。保護者がどこまで関与しどこからは任せるのか。これらが明文化され三者の間で共有されているかどうかが、三角形の強さを決めると考えています。
かつてはそれを一枚の紙に書いて確認することもありました。今ならデジタルツールでリアルタイムに共有することもできます。しかし大切なのは、ツールの種類よりも「共有する文化」を三者の間に育てることではないかと思っています。
JTLでは、その仕組みをできるだけシンプルにコストや手間をかけずに実現できる方法を考えています。
たとえばデジタルツールが使える環境であれば、GoogleスプレッドシートやLINEを使って三者でリアルタイムに情報を共有することができます。NeoLABのNeosmartpen(約15,000円)のように、紙に手書きしたものがそのままデジタル化されて共有できるツールも現場では非常に使いやすいと感じています。コーチがペンを1本持ちアカウントを三者で共有すれば、練習中のメモがリアルタイムで選手や保護者に届きます(※チーム共有用のアカウントはプライベートのものとは分けることをおすすめします)。
一方で、「そこまでデジタル化しなくていい」という方もいると思います。大切なのはツールではなく共有する習慣です。
そこでJTLでは、誰でもすぐに使えるシンプルな共有フォーマットを3種類用意しました。
- ① 練習記録シート(毎回の練習後に三者で記入)
- ② 試合振り返りシート(試合後に選手・コーチ・保護者それぞれが記入)
- ③ 目標ノート(三者で目標を共有し、段階的に記録していく)
▶︎ シートをコピーして使う(無料・Googleスプレッドシート)
これはあくまでシンプルなベース版です。使いながら自分たちのチームに合わせてカスタマイズしてもらえれば、それが一番いいと思っています。「こんなフォーマットに改良したよ」という方がいればぜひJTLに見せてください。みんなで一緒に育てていけたら嬉しいです。
最後に少し、個人的な話を。
JTLのホームページをリニューアルするにあたり、過去の資料を整理していたところ20年ほど前のNickとのやり取りが出てきました。当時彼がテニスマガジンで連載していたコラムの翻訳を担当していた縁でいくつかのメッセージや原稿が手元に残っていたのです。
読み返してみると、20年経った今でも色あせない言葉がたくさんありました。今後もこうした当時のやり取りを振り返りながら、JTLの考えと重ねて記事にしていければと思っています。
→ チャンピオンを作るチーム作り(その2):チームを広げる——メンタリストとフィジカルトレーナーの役割(近日公開)

