テニスを始める方にバックハンドを教える際、あなたは両手打ちと片手打ちのどちらを教えるでしょうか?教える際にそれぞれの特徴を正確に伝えることはできているでしょうか?
一般的な指導でありがちなのはとりあえず両手打ちから始めてうまくなってきたら片手打ちも検討してもらおうという根拠のない考えです。両手打ちと片手打ちは基本的には全くの別物であり使用される神経回路や筋肉、体の使い方やスタンスも大きく違います。両手打ちから片手打ちに変えたとき(もしくは片手打ちから両手打ちに変えたとき)には両手打ち(または片手打ち)の練習に費やした時間と労力の多くは失われてしまうことも考えて指導する必要があります。
片手打ちは利き手を中心にフォームや筋力発生のメカニズムを構築してくことになります。一方両手打ちに関してはそのパフォーマンスを最大限効果的に達成するためには非利き手を中心に考えることが必要です。これは、1)利き手を中心にしたスイングをするのであれば片手打ちをすればよいということ、2)コンタクト時の衝撃への対応を求めることを理由とする場合には利き手を中心にした場合と同様の効果が得られるうえに自分から発生するパワーを利き手中心のスイングよりも効率化しやすいことにあります。パワーを求めずコンタクト時の衝撃だけに対応すればよいという場合であっても非利き手を中心にすることに比べて得るメリットがほとんどありません。薄めのグリップでクローズドスタンスで打つ場合には利き手を中心にすることになりますが、現代のトップ環境下における成長性や効率性の観点で考えるとあまり指導されていないのが現状です。
上述の内容から片手打ちと両手打ちは全く別物であり、両手打ちに関しては非利き手によるフォアハンドストロークに利き手を添えていると考えるようにすると良いでしょう。ここからはそれぞれのパフォーマンスの差を考えてみます。
一般的に片手打ちはスイングスピードが速い一方コンタクト時の衝撃に対して安定性が低くなります。言い換えると自分からパワーのあるボールを打つことには適していますが、パワーの大きなボールに対してコントロールを失いやすくなります。筋力の発生メカニズムの理解の進化と筋力トレーニング方法の確立によってフェデラーやワウリンカ、ガスケなどの攻撃的な片手打ちバックハンドを駆使する選手が登場しました。
一方、両手打ちバックハンドはスイングスピードが片手打ちに劣る一方でコンタクト時の衝撃に対する安定性を得ることができます。両手を使うことは関節可動域の制限を受け拮抗筋による筋力の制限をより受けやすくなるためスイングスピードは片手打ちよりも低下します。これによって自分が発生する最大パワーは減少しますが、その一方で強力なパワーボールに対して安定した返球を獲得することができます。現代の両手打ちバックハンドの系譜はクリックステインやアガシらの登場によってはじまりましたが、これはケビン・カレンやボリス・ベッカーなどのビッグサーバーの登場を予期して生まれてきたものです(ボルグの時代の両手打ちはパワーを追求したものではなくコントロール性能を上げることと一般的なラリー戦におけるコンタクト時の衝撃に対するブレを減少させることを念頭に使用されていました)。
現トップ環境においてはラケットの進化に伴うサーブスピードの継続的な増大やフォアハンドストロークのパワーの上昇などから両手打ちのバックハンドが席捲しています。これは現状では片手打ちバックハンドの攻撃力が両手打ちのバックハンドやフォアハンドの守備力を上回れないことと強力なフォアハンドやサーブに対してコンタクト時の衝撃に耐えきれずボールコントロールを失うことが多いことが主な要因です。片手打ちバックハンドでその攻撃力を活かしてポイント得るためにはエースを奪うことが必要になってしまっているのが現状です。今後片手打ちバックハンドが再度トップ環境に辿り着くためにはスイングスピードを活かしたさらなる攻撃力(スピードx回転)の獲得に加えてディフェンス時の耐衝撃性能を高めるための技術の革新が必要とされます。
さて、最初の問いに戻ります。テニスを始めた方に両手打ちか片手打ちのバックハンドのどちらを教えるか?この答えは各コーチが日ごろからテニス環境の情報や将来的な予測をもとに考えて自分なりに用意するしかありません。この時に現時点での状況や自分自身の経験のみから考えないことが重要です。また目標設定を明確にすることも重要です。選手が10年をかけてシングルスで世界1位を目指すのか、1年で一般大会のダブルスで優勝をしたいのか、とりあえず友人とラリーができるようになりたいのかで選択が変わると思います。自分が教える選手がいつ何を達成したいのかをベースに考えることが重要であり常に最適解を見つけるために最新の情報に触れておくようにしたいものです。
バックハンドのバイオメカニクスについてはまたの機会に。